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アカデミズム、反省-2
■Buenos アカデミズム、反省 -2
ぼくは政策屋です。政策は、実現して初めて政策となります。メディア融合法制にしろデジタル著作権にしろ、案文を書くのはたやすいけれど、それは政策ではなく、「アイデア」にすぎない。そのイマジンが政策にリアライズされるまでには、あと10倍のステップが要ります。
1)担当省庁の課長クラスまでの了解を得る
2)政府の研究会からゴーサインを得る
3)審議会から答申を得る
4)世論の支持を得る
5)担当大臣を説得する
6)内閣法制局の地獄の審査をパスする
7)政府他省庁の了解を得る
8)与野党の根回しを行う
9)国会審議を通過する
10)政令・省令を整備する
さあ、これでやっと政策です。
日本のアカデミズムは、「アイデア」を着想して発表したところで満足、おしまい。あとは誰かがやってくれて、そこに呼ばれて意見を述べて、さらに満足。
誰かがやってくれなければ、そいつを批判しておしまい。それでは何も動かない。はいつくばって泥をすするような10のステップに立ち入ることは下品である。
という考えが学問界にはあるのでしょう。頭は使うが、下半身は下僕の役目。しかし、こと政策領域の場合、この下半身ステップがほぼ全ての実体なのです。
政策だけではありません。技術もビジネスも同様です。YahooやGoogleはスタンフォードの学生が生みました。マイクロソフトやFacebookはハーバードの学生が生みました。
E-inkや100ドルラップトップはMITメディアラボがプロデュースしました。
では、日本の大学は何を生んだのか?
日本が生んだデジタル。ファミコン、Wii、iモード、着メロ、親指族、2ちゃんねる、ニコ動、mixi、モバゲー、ケータイ小説、初音ミク、コスプレ、痛車……。どれもこれもステキです。
しかし、いったい日本のアカデミズムは、そして政策は、これらに対していかほどの貢献をしたのでしょうか?
反省しなければ。08年、新しい大学院「KMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)」がスタートしました。ぼくはそこをベースにして、政策プロジェクトを立ち上げて、動きます。
いい政策を生み出しつつ、バカな政策を叩き潰します。分析や議論はそれが得意な他の方々にお任せし、私は自分のできることをやろうと思います。
(デジタルの手触り 十番勝負 番外編 改訂)