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中村伊知哉のボストン一夜漬け通信  98.2- 月刊ニューメディア
第八話  99年8月号
■ネットワークのカネ回り

 ジャジャジャジャーン。と来ましたCATVインターネットが我が家に。ベートーベンというより、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンのハクション大魔王っぽく。ジャ・ジャーンの林家こん平、って言う方が的確かな。テリー・ギリアム「未来世紀ブラジル」に出てくる怪しげな工事のオッサンみたいな連中がカベや床にドカドカ穴あけて、ケーブル通して、黒光りするモデムつないで去ったのであります。
 これで我が家はT1が月30ドルのインフラ一家に昇格したのであります。日本は1.5Mが30万円といいますから、100分の1の安さというのか、100倍の速さというのか、どっちにしろ、エッヘンであります。
 でも不満なのです。そりゃ最初はハエーハエーってサーフィンしてたんですけど、一日で慣れてしまって、映像が詰まったりすると、やっぱ1.5Mじゃダメだな、6Mは要るよな、って感じになるのです。1.5Mの不満というのは、33.6Kの不満からみればゼイタクな不満ですが、6Mの不満からみれば哀しい不満であります。たぶん、100Mになったって、すぐ不満がたまるんでしょうね、人間は。近代人ってやつぁ謙虚さを忘れてますからな。
 結局、速いの遅いのという数字じゃなくて、何を手に入れたいか、コンテントの方ですね問題は。というわけで私はまだインターネットよりテレビが好きで、目が覚めるとまずテレビをつける。こっちのCATVサービス、つまり多チャンネルテレビは月40ドル。高けーな。今年の4月から料金規制が撤廃されたから、また上がるって噂だし。(規制緩和で料金上がるんですよ。競争促進と規制緩和は別物ですよ。日本にはCATVの料金規制はないけど。)
 日本はテレビ界が映画を支えてますが、アメリカのテレビはハリウッドが支えてます。ハリウッド系のチャンネルは確かに面白いものも多いんですが、その他はパッとしません。というか、日本のテレビに慣れてると、その不親切さが肌に合わないんです。
 例えば昨日、ボストンマラソンがあって、家のそばの沿道で、ロバーとかアリモリーとか叫んでたんですけど、帰ってダイジェスト見たら、ロバさんばっかり映ってて、カメラワークも悪いしデータも出ないし、アリモリが何位だったかさえわかんない。しっかり映さんかいっ。
 このCATV、MediaOneという全米4位の会社ですが、3位のコムキャストと合併すると言ってたら、今度はAT&Tが買収するってニュースが入ってきた。AT&Tは1位のタイムワーナーと提携したり、2位のTCIを買収したり、海外ではBTと組んで日本テレコムに乗り込んできたり、すさまじいことです。私の住んでいる町は、電話はナイネクスだったのがベルアトランティックに買収されて、そのベルアトランティックは今度はGTEを買収するんだとか。ネットワークってのは、競争が熾烈になると、からまって、くっついてしまうんでしょうか。
 それにしてもネットワーク系の売った買ったは、でかいカネが動きます。どれもン兆円の話ですもんね。売上というフローの一部を割いて買い物するんじゃなくて、株式の時価総額というストックで体ごとぶつかり合いますからね。
 ダウ平均が1万ドルを突破する一方、日本は意気消沈してますが、貯蓄率はアメリカの3倍ぐらいあるし、対外資産も9000億ドル持ってるんだから、ストックがあるうちに日本も何とかしたいところです。
 でもこの貯蓄というストックは、銀行に溜まっていて、その先のパイプがつまってる。アメリカは個人から株式市場にカネが流れて、ベンチャーでさえドカーンと兆単位のカネを集める構造になってるんですね。おかげでインターネット系は、デルが時価総額14兆円、シスコが18兆円とか、ピンと来ない単位の世界になってきました。
 日本もメディアのカネ回りを考えなくては。企業や家庭や政府からメディア産業に流れてくるカネを増やさないといけません。ハード・ソフト合わせたメディア市場は、アメリカが120兆円、日本は30兆円で、4倍の開きがあるといいます。GDP比にすると2倍の開きです。このパイを増やすことが、メディア産業の将来にとっての大前提です。
 まず企業からのカネですが、日本は情報化への投資が低いという問題があります。平成10年の通商白書によれば、全投資に占める情報化投資の比率は、アメリカが32.8%なのに対し、日本は15.8%。2倍の開き。重要なのは、アメリカは80年代の不況期にも高水準を維持していたことです。情報化がリストラの手段だとハッキリ理解していたんですね。その後も競争力の源としての認識が定着して、この水準は上昇を続けています。片や日本はバブル後、水準が低下したそうです。情報化をなぜ進めるのかという目的がハッキリしていないからですね。
 未来への投資として研究開発が大切です。この研究開発費をGDPで比較すると、アメリカが2.0%なのに対し、日本は3.0%。日本の方が高い。でも政府が負担する割合は、アメリカ34%、日本23%。軍事予算がメディア技術を支えている面が強いんです。
 アメリカは軍産複合とは言わないまでも、産と官との結合というか、ある種の癒着があるわけです。大学と産業の連携も盛んです。私のいるMITメディアラボは予算の9割が企業スポンサーの資金で成り立ってます。日本は産と学と官が乖離しすぎてますよ。
 企業からコンテントに流れる原資としての広告費も、日米は総額で4倍、GDP比で2倍の開きがあります。すると、残りの原資として期待できるのは、家計からの支出です。
 総務庁の調べによると、家計の情報支出は97年平均で23.4万円。全消費400万円に占める割合は5.9%。この数値はこれまでずっと4.7-5.4%程度をうろうろしていて、メディアが発達したり多様化したりしても、おかあちゃんはサイフのヒモをゆるめないという論拠になってきたんですが、ここんとこ目立って上昇してるそうなんです。
 これは携帯電話の普及が原因のようです。支出増の6割が通信費だってんですから。その後のインターネットの普及を考えると、今はもっと上昇しているでしょう。パソコンなどのハードの増加分は少ないし、コンテントにもカネは回っていないようで、インフラにカネが回ってるわけです。家計の支出に小遣いや教育費を合わせると、支出全体の18%程度になるんですが、これをどう広げていくかですね。
 このほか、メディアに流れる資金としては、政府による支出があります。さきほどの研究開発への投資に加え、ユニバーサルサービスのための補助とか、電子政府や情報公開という形で自らコンテント提供者となるための予算などがあげられます。
 でも、政府支出が市場全体に占める地位が今後そう大きくなることは期待できません。期待すべきでもない。アメリカの次世代インターネット構想にしろ、日本のバックボーン構想にしろ、100億円単位の予算ですが、市場ではケタ違いのカネが調達されていますしね。
 それよりも、海外の市場から日本に入ってくるカネの方が大きそうです。そうすると、日本という国にどれくらい魅力があるかが決め手になりますな。メディアに流れてくるカネを、コンテントやネットワークがどう取り合うか、その分配問題は今度お話しますが、まずはネットワークについて申し上げますと、日本は電波の利用も含めてインフラの外資規制を撤廃しましたから、あとは市場の魅力次第ということになります。 
 90年代の初め、イギリスがいち早く外資開放を進めて、アメリカの電話会社にマルチメディア実験をさせました。あれはくたびれたイギリスがアメリカの属国となる道を選んだのだと私は見ておりますが(怒れイギリス人)、日本も国内消費者の利益という国益のために、外資の積極導入を図るべき時期になってきたのかもしれません。
 アメリカと違って日本は、NTTがISDNという「高度な」ネットワークにずいぶん投資してきましたから、今さらチープなADSLと言われても気合いが入らないのでしょう。きっとそれは、ファイバー・ツー・ザ・ホームに一気にジャンプアップして、最高のネットワークに塗り替える意気込みの表れなんでしょうね。きっとそうでしょうね。そうじゃなきゃ怒るよ。国民はじっと我慢してるんだから。
 NTTもいよいよ再編成です。そこに外国系キャリアが活発に動きはじめました。秩序は塗り変わるでしょうか。CATVがインターネット回線としての役割も発揮しはじめました。WLLなどローカルの無線系の動きも目立ってきました。インフラ競争の勢力として期待できるでしょうか。やっと、いよいよ、始まるなあって感じがします。おカネもグルグル動くだろうなあ。
 だけど今もっと深い問題は、ネットワークを「市場」というアメリカ的な見方だけでとらえていいかどうかでしょう。カネ集めて、もうかる所に投資したら、最高のネットワークができあがるかというと、その保証はまだない。だって、数年前まで、そう思って投資してたら、急にインターネットがヨコから出てきたりしたわけでしょ。今ADSLだと思っても、次どうなるか。
 日本はテレビの電波が重要な位置にあって、4000万に普及したモバイル大国でもあって、同じインターネットのインフラでも、アメリカとはかなり形が違うことになるでしょう。市場という短期の効率性と、国ぜんたいを構想するデッサン力と、その両方が要るんですよね。あーインフラはむつかしい。
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