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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第十六話
デュオ君。無断で新しいノートPCを君の隣に置いたのは悪かった  98年2月号
●ボジョレー解禁の翌日、小錦が引退を決意し、山一証券が廃業を決心した。その日、担当してきた省庁再編が一応の決着をみた。土曜の朝5時、総理会見に続き、郵政大臣会見が終了したところだ。かねて解体案が示されていた郵政省は、曲折を経た土壇場の決着として、自治省や総務庁と統合され、「総務省」に移行することになった。その間のドラマや積もった思い、今後の展望を明らかするには、いますこし冷却が必要だ。まずは、無難な日記をコラージュしておく。

○役所のロビーで吉本新喜劇を衛星テレビで見て刺激され、自宅で数年ぶりに往年の吉本新喜劇のビデオ。私にとって大切なもの。かつてCATVと衛星のビジネス・マニュアルを作ったときに、申請書モデルの名前の欄が原案では「郵政太郎」「郵政花子」となっていたのが気に食わず、「岡八郎」「花紀京」と書き換えて出版したら、関西方面から質問がイッパイ来た。
 続けてWヤングのビデオ。鼻なかったら鼻かまれへん。こういう原始ギャグのノリを我々は大切にしなければならない。次いで、爆笑問題、浅草キッド、キャイーンのビデオ。

☆熱があるんだから休めばいいんだが何とか立てる。で、冷えピタとかいう熱さまシートをおでこに貼る。熱を冷ます処方というよりも、私は高熱だというメッセージを周囲に発信するメディアとして活用する。つまり、私に仕事させるなという意思表示である。その目論見は成功しなかった。大人たちは、私がハチマキをして燃えていると勘違いし、あれこれ作業を押しつけてくる。一句。冷えピタに日の丸書いた夜明け前。

●麻布の玩具店がいつの間にかゲームショップになっていた。連射機能つき64コントローラーを3個買う。ドーンとご祝儀だ。自分への。
 83年にファミコンが誕生するや否やゲーム機は子供の宝物としてテレビ画面を独占し、テレビ番組を脅かした。ビデオと一緒になって、テレビをインタラクティブ化し、日本をマルチメディア化した。メディアの機能変革を推し進め、古い業界秩序を青ざめさせた主役である。

○適当にやって下さい。久しぶりの理髪店で、そう言って目を閉じていたら、適当にやられた。ウド鈴木みたいな髪型にされてしまった。だはは、パンクやのー。まあこれも一つの転機でしょうか。このまま職場に戻ったら、かなり笑いのポイント稼げるかな。と思ったのに、髪を切ったことを誰も気づいてくれなかった。うーむ、自意識過剰なのか。それとも、ウド鈴木みたいなヤツと見られていたということか、だったらうれしいけど。

☆熱冷ましを貼ったままドタバタ走り回って夜が明けたら、風邪が治ってしまっていた。うまく説明できないが、大損こいたような気がする。風邪は万病の元と言うが、徹夜したら治る体というのは、心身の髄から病んでいると言えないか。

●新しい宝物の誕生は、親も不安にさせる。ゲームは子供たちを無口にし、コミュニケーションを遮断させ、得体の知れない世界に誘拐し、去勢された獣へと化す犯人だ。もしもゲームがなかったら、子供たちはもっと得体の知れない場所に行ってしまったり、ゲームを媒介にした新しいコミュニティを作ることもなかったりするのだが、この際、そんなことは無視される。
 ただ、16だとか32だとか64だとか128もどきだとかハードの高度化は目覚ましい。ソフトの開発も爆発的だ。ツールの発達と才能の開花が同時進行している。こんな幸福な時期は今しかない。これを産業と文化の力として定着させなければならない。

○ウド鈴木。ベートーベン鈴木。ラッキィ池田。ダン池田。ミッキー安川。ロミ山田。パンチョ猪狩。マギー司郎。スマイリー小原。ミミ萩原。グレート小鹿。チャーリー浜。ペギー葉山。ガッツ石松。サンプラザ中野。バクシーシ山下。ブー高木。

☆風邪は癒えたが過労からか腹痛が激しい。行革山場につき痛み止め注射。甲子園で連投する悲運のエースみたい。ってウットリしている場合ではない。注射といえば、郵便局長時代に、近所の年輩の特定郵便局長さんが、アルコールを注射すると確かに酔っぱらうんだが飲んだ気がしないんだよね、と言っていたことを思い出す。宴会で、若い特定郵便局長さんに、XTCのアンディ・パートリッジよりルイス・ヒューレイの方がボーカル力はあるんじゃないの、とマイナーな議論をふっかけられて嬉しかったこともあった。全国にはいろんな人がいる。

●ディディーコング・レーシングを購入。発売日にゲームソフトを買うということをやってみたかったので、そうした。高度で豪華な大作ソフトが続々と市場に投入されている。私はゲーム初心者だが、先進ユーザはぞくぞくしながら新作を待ちわびている。
 ところが、ゲーム離れが進んでいるという。ユーザ層が固定し、低年齢層の発掘に至っていないと聞く。先進ユーザは大きくなった子供たちであり、新しい子供や遅れてきた大人が入門することは面倒な分野になりつつあるというのだ。
 どんなジャンルでも、入門書の類はある。スタンダードや古典がある。で、古典は古典で面白い。いきなりフリージャズから入れと言われても困るが、童謡やムード歌謡なら何とかなる。いきなりパゾリーニはヘビーだが、スピルバーグなら楽しい。でもゲームは、今さらファミコンのマリオから始めるのは野暮だし、FF、から入門するのは荷が重い。「がんばれゴエモン」の「んが砲」や「ぼよよんキック」を炸裂させるためには、専門書と熟練が必要だ。しんどいよね。
   
○ユーリ・アルバチャコフ、タイの強打者に敗戦。美しいボクシングをどうもありがとう。

☆マルチメディア業界を仕切ってる人たちの集まりに顔を出す。ギョーカクゥ?何やってんだよオマエこの大事な時に。そう言われましても。

●まあいいや。そんなこと誰かがうまくやるはずだ。それより、落ちついたら「電車でGO!」やりにゲーセン行こう。そういえば、「電車でGO!」も専用コントローラーつきでプレイステーションに完全移植されると聞く。日本の茶の間は世界最先端の映像道場だ。

○辰吉、WBCバンタム奪取。ド根性も一つの美学であると認識。

☆忙しいと太る。デスクワークが猛烈に忙しいと、一歩も動かず、しかもストレスで食いまくるからだ。弁当の空き箱を捨てに廊下を歩いていると足下に違和感が残る。あっ。靴のウラに、ポスト・イットというのか、黄色い付箋がくっついている。「スリム化」と書いてある。規制緩和や地方分権など中央省庁のスリム化方策に関して政党から求められている資料に貼ってあったやつだ。ということはスグわかったのだが、いざ自分の身に張り付けられると、減量を指示されているようで不快だ。モンティ・パイソンに出てくる「バカ歩き省」の役人を真似て廊下を行く。
 
●北野武「Hana-Bi」の公開に当たり、仏レ・ゼコー紙やフィガロ紙が記事を組んでいる。難しくて何が書いてあるんだかわからない。わかるのは、フランス語にはハ行がないので、「アナビ」になっちゃうってことだけだ。

○電波のシンボル、東京タワーは有栖川公園から望むのが一番である。コウモリが飛び交う公園は、多くの大使館が近接するためか、さまざまな国籍と言語の子女がきゃあきゃあしている。夕暮れに輝く東京タワーのオレンジ色は、ボーダレス化する大都市をやさしく守る。

☆デュオ君。無断で新しいノートPCを君の隣に置いたのは悪かった。だけどそれは、君の負担を減らしてやろうという親心なんだ。インターネットやLAN専用になってもらって、重要な情報のみを扱ってもらうようにしたのは、それだけ信頼しているからなんだ。新入りにはスタンドアロンの仕事しかさせてないだろ? だからそうすねるな。

●97年5月、チェス世界チャンプのガリ・カスパロフがIBMスパコン「ディープ・ブルー」に先勝した翌第2戦目の第36手、ディープ・ブルーがクイーンではなくポーンを動かしたことがその後の対局を支配し、勝敗を分けたという。第36手はコンピュータが人間の知性を超えた瞬間と言う専門家もいる。ヒトの頭脳が産んだコンピュータは、人類最高の知性にとりあえず勝利を収めた。 
 これは人類の勝利なのか、敗北なのか。人間は、コンピュータという科学文明をどう制御し、科学文明とどう共生し、科学文明にどう従うのか。ようやく人間とメディアは、互いの存在を同じテーブルで見つめ合う場面が来た。

○PK戦を覚悟した延長後半残り2分、日本のカントナ・中田と快速・岡野がイランのゴールに突入し、美しい日本男児たちはフランス行きを決めた。ワールドカップのテレビ視聴者数はのべ320億人で、オリンピックの2倍という。熱狂度は何倍だろうか。フランスから世界へ日本を発信してもらいたい。

☆デュオ君。机から君を落っことしたのは悪かった。ひとまず3色のビニールテープでキーボードを押さえてあるけど、ちょっとモッズぽくってオリジナルだろ? だからそう気を落とすな。

●NTT株式の運用益を投入した国策研究所、京都のATRでは、脳を再現するプロジェクトが進行中だとか。通信自由化前夜、私が役所に入って手がけた最初の仕事は自動翻訳電話の開発プランを世界に先駆けて作るというものだった。それが中核プロジェクトとなってATR設立につながって行ったのだが、正直言って当時、このラボが10年やそこらで世界最高峰まで成長するとは予想しなかった。関係者に敬意を表します。

○それにしても、世界戦出場という夢をかなえた選手は冷静であった。インタビューに応える彼らは、今日は残業で片づけたけれど明日も出勤が早いからこれで、という感じの淡泊さだった。現地マレーシアのジョホールバルではしゃぐサポーターや、茶の間で興奮する視聴者は、主人公との温度差のやり場に困ったことだろう。
 ただ、本当の仕事をやり終えた人は、寡黙になるものだ。偉業は、達成した瞬間、仕事人を高みに引き上げ、次の大舞台を用意する。そのしびれるような充実感と恐怖は、本人が特権として秘蔵し、そのかわり、みなさんのおかげです、とだけ語って微笑むのだ。

☆デュオ君。じゃあ今夜は一緒に寝よう。

●昭和44年モノ、怪奇大作戦「京都買います」「呪いの壺」のビデオ。実相寺昭雄監督による京都の解釈と、史上最高にカッコいい俳優・岸田森の幽玄。少年少女よ、こんなとてつもないテレビ映像があったことを一刻も早く学んでほしい。昭和48年モノ、「クレクレタコラ」のビデオ。改めて言いたい、こんな映像のあるこの国を誇りに思う。
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