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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第十五話  ペヤングを検索エンジンであさったところ「0件」との結果  98年1月号
●新しい衛星が打ち上げられたとのニュース。通信衛星は地上からの情報を反射するもので、宇宙に浮かぶ鏡だ。つげ義春「ゲンセンカン主人」の老婆は、この世に鏡がなかったら、私たちはまるで、まるで幽霊ではありませんか、と言った。
 私の仕事である行革は、行政にとっては自己改革であり、鏡で自分をみつめ直すことであって、つまりアイデンティティーを問われているわけだ。凡人はあまり内面をみつめると自殺したりするので危険なのだが、甘えは許されていない。

■ユネスコ村の恐竜館を訪問。VRのシミュレーションシアターを体験。狭山湖と西武球場をパノラマするUFOの乗り物に試乗。その他。くたびれた。夕暮れ。メリーゴーラウンドの上部に大型の手風琴が備え付けられていて、オランダ製だろうか、ベルギー製だろうか、深みのある音だ、今日はこのおかげで満足。

○ミュージック界でマネージャーの神様と呼ばれるO氏に一年ぶりに会う。かつて私をオールナイトニッポンに引っぱり出した方だ。登別郵便局長の生態を語るというヘンな番組だった。さて、CDの売上が1割ていど減っているとO氏は言う。ケータイやPHSにティーンエイジャーの小遣いが食われているらしい。確かに月1万円の小遣いにとって3000円のCDは重い。
 しかしそれは、プロの作品が日常会話に負けているということだ。バーチャルな表現が生身のコミュニケーションに押されているということだ。小室ファミリーが快調だが、それは国内マーケティングの成功でしかない。肝心なコンテントについて、きちんとしたうねりを作らないと空洞化しそうだ。

●ところで自分のID、例えば履歴書を書くとき、いつも困るのが特技の欄だ。特技って、どの位すごいと特技になるんだろ。
 コンピューターもよくわかんないし法律も経済もダメだし、音楽も映画もオタクや若い衆に勝てないし、体もカタいし。関東弁と関西弁を使い分けられることぐらいか。関西弁も、京都の町人風と大阪の南の方の商人風ぐらいなら分けられるぞ。だけど、かつてのモリシゲや高島忠夫や藤田まことあたりは達者だよな。岡田斗司夫さんもそうだな。プロがいる世界は特技って存在しない。あと何かないかな。大学の時に授業に一度も出なかった。特技じゃないか。だけど学費免除で奨学金をもらってた。犯罪か。

■9年ぶりの白金台・東京都庭園美術館。朝香宮邸として建てられたアール・デコ様式の建築物と庭園空間でストラスブール近代美術館展。粋だね。

○インターネットで作品を提供するアーティストが増えている。O氏は10年も前からデジタル通信網と音楽伝送との関係に期待と危機感をもって注目しておられたので、「要は編集機能と決済機能を誰が持つかです」「デリバリーは衛星。インターネットは伝送手段より表現手段として注目した方がいい」という大雑把な会話で互いに通じる。楽だ。

●特技のことがまだひっかかる。特技の欄に書いてる人って、フツー何書いてんだ。牛乳1秒で飲む。日本刀の上を裸足で歩く。円周率100ケタ言える。鳥の話がわかる。とか、テレビジョッキーの奇人変人コーナーで白いギターもらえるようなことでもできればいいのか。中学のころギターほしくて、あのコーナーは確か紹介者ももらえたから、屁エに火イつける芸やれや紹介したるさかいとTという友達をそそのかしたが乗ってこなかったので、無理して二人で買った。

■小田急美術館ピカソ「愛とエロチシズム」展。1881年にアンダルシアはコスタ・デル・ソルのマラガという海辺の町に生まれたピカソの晩年の版画集。モノクロの美。マラガは、ピカソの亡くなった1973年に国連機関ITU(国際電気通信連合)が全権委員会議を開催した町なので、通信関係者にも馴染みがある。その20年後の全権委員会議は京都だった。かつてマラガで6000円で買った青いバックスキンのローファーはいて京都の男が歩く。無骨だが丈夫な逸品だ。
 
○生粋の浅草芸人、ソウルフルと呼べる最後の芸人、日本の誇り、内海好江師匠逝去。

●その足で本能寺に向かい、賽銭箱の上でTがひいてたら、ピックを箱の底に落としてしまい、幼いころヒモの先にガムつけて賽銭箱の中味をくっつけて取るという犯罪を私はやらなかったが、250円もする金属製のピックだったので、三条京阪のきしめんも中学の近所のお好み焼きも90円のころの250円といえば大事件だ、ヒモをさがしはじめたら、境内にいたプータローっぽいおじさんにみつかって、お前ら一節やれやというので、空飛ぶ円盤がチーンチーン、とか歌ってたら、おじさんは満足せず岩谷時子の「誰もいない海」をアカペラのベルカント唱法でサンダー杉山ばりに歌いだしたのだった。

■伊勢丹美術館ユトリロ展。哀しいモンマルトル。母ヴァラドンと恋人サティとの関係を思うたび、ユトリロとつげ義春を比較してしまう。

○朝4時過ぎ、ご近所に気遣い、家のドアをそっと開け、着替え、3年前にプラハで買ったグラスにスコッチを注ぎ、あおり、また注ぎ、テレビをつけると、何だこれ、ベッケル「モンパルナスの灯」だ、リノ・バンチュラが若い、「冒険者たち」の終わりにリノ・バンチュラとアラン・ドロンがジョアンナ・シムカスの故郷で銃撃戦を演ずる、あの場所に行きたいがまだ果たしていない、私の宿題。

●そんな中2の夏休み、T家の本家がある十津川村に行った。奈良から近鉄バスで神々の棲む熊野の方へ山をぬって川に沿ってとぼとぼ行くわけだ。山を越えたらまだ山だ。ホンダラ行進曲はこの地を歌ったものなのか。司馬遼太郎の「祇園囃子」によれば、その地帯の山岳人は、神武天皇の道案内をつとめて以来、幕末に至るまで、朝廷に奉仕してきたそうだ。朝は荘厳で、川原を掘ると温泉が出る。トマトやトウモロコシはなぜこんなに甘いんだ。その味が今も残っている。

■ポンピドー・コレクション展。ポンピドーは現代のポンピドーセンターを遺し、ジスカールデスタンは近代のオルセー美術館を遺し、ミッテランは古いルーブル美術館を再生した。日本の為政者は人類に何をお残しになる。

○少年ジャンプが24年間のトップの座を明け渡し、部数で少年マガジンと並んだらしい。子供の嗜好は分散し、メディア共同体験は失われていく。日本マンガは21世紀の表現の機軸を形成していけるだろうか。むかしは、小説読むなんて不良だった。これからは、マンガ読むなんてインテリだ。そういう期待に応えていけるだろうか。

●そこをもう少し行くと中上健次と柳町光男の「火まつり」の舞台だ。93年の春、浜野保樹さんとグローコムの金村さんとでラスベガスの全米放送連盟(NAB)の大会に行った。関西の光ファイバー実験の補正予算をバシッと決めたころだ。その会場でUCLAの教授がヤナギマチはどうしているのかと聞いてきた。よりによってヤナギマチだと? 映画みてるオヤジがいるもんだ。

■馬事公苑で弁当を食う。隣の公園でバザー。マックの子供用ソフト300円。買わず。

○優秀な部下が、ドイツ語で公務員のことを「ベアムター」といいます、と言った。隣にいた補佐がそれを「ペヤング」と聞きまちがえた。理解不能な聞きまちがえだ。まあ、まちがえるのは仕方がない。問題は、ペヤングである。四角い顔のソースやきそばで夜をなごませるペヤングというのは、どういう意味か。「ぺ」な「ヤング」なのか。「ペヤン」な「具」なのか。「ぺ」とは何か。「ペヤン」とは何か。気になるぞ。

●NABに行くまでは、大会よりもシーザーズ・パレスのボクシングの出し物が気になって仕方なかったが、ジョン・スカリーが演説するというので正気になった。放送業界の集まりの基調としてコンピューター会社のボスがデジタル話をするというのに色めき立ったわけだ。当時の日本はまだ放送のデジタル化なんて言葉は禁句で、だいいちその意味もわかってる人が少なかったが、今も少ない。デジタルになればチャンネルが増えるだけと思ってる人が多い。だけどアメリカの業界は当時から、放送の競争相手は通信だということが読めていたということだ。

■土曜日、出勤前、銀座の玩具店。子供の殿堂テレビ東京「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」のパワーでトミカのミニカーが町内でブレイクしているため息子と商品視察に行く。すると店のモニターに人だかり。ビーストウォーズだ! 息子もハマりまくって叫んでいる。テレ東でこの間はじまったタカラのトランスフォーマーシリーズだそうだ。初のフルCGテレビアニメと張り紙がしてある。うーんすごい。かつてフランスの国営チャネルFR3で見たインセクターズを彷彿させる。だけどアメリカっぽいなあ。ヤな予感がするなあ。日本アニメの競争力は大丈夫かなあ。こんど岡田先生に教えてもらお。

○ペヤング。検索エンジンでウェブを漁ったところ、「0件がデータベースに存在しました。」との結果。ペヤングおたくは存在しないのか?そのころ、優秀な部下は、地下の売店で四角い顔に記されている電話番号を控え、製造元のまるか食品Mに電話をかけていた。ペヤングとは、ペア・ヤングの略であり、そもそもヤングがペアで楽しむことを想定して作られたものだそうであります報告終わり。そうなのか感心。

●今やマルチメディアといえばインターネットだが、当時はアメリカでもCATVからのアプローチが注目されていて、NABのついでに寄ったオーランドではビデオ・オン・デマンドの実験をはじめるなど、通信と放送の融合が実像を結びそうなわくわくする季節だった。いかん、思い出が仕事モードに入ってきた。中断。

■ミイラとりがミイラになるってどーゆーこと、と長男が聞く。ビーストウォーズでラットルが言ったんだそうだ。ミイラとりって何だろう。デストロンって強い、と次男が言う。敵の一味はデストロンというらしい。敵は地獄のデストロンというのは闘う正義の仮面ライダーV3ではなかったか。一般名詞なのか? 謎が多いぞ。

○私が感心したのはヤングなペアのことではない。インターネットの検索に勝った電話システムのことだ。かつて本でも書いたが、日本の電話応対は優れている。受付の女性に電話しただけで問題をたちどころに解決できるというのは日本の素敵な社会システムなのだ。欧米でもこうは行かないぞ。だから連中にはインターネットやミニテルが要るんだぞ。肝心なのはハードではない。ソフトなシステムなんだ。
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