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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第十三話
私だけの組み立てパソコンなら、多少トロい機械でも少しはガマンできるかもしれない
97年11月号
 担当している省庁再編が急展開し、自由時間が全くなくなった。郵政省の行革担当がどういう状況にあるか、わかって頂ける方にはわかって頂けるだろうが、わかって頂けない方にはわかって頂けないだろうから、事情は省く。とにかく、しばらく新しい文章は書けない。
 ダイアナさんが亡くなったこともずいぶん後から耳にした。81年の御成婚はイギリスで見た。パリの事故現場はかつて住んでいたアパートの近所だ。ホテル・リッツ、ベンツ、パパラッチ、アラブ、考えるべきことは多いが時間がない。
 北野武監督がベネチアでグランプリ取ったことも数日後に知ったありさまだ。世界に輝く日本の映像表現、テレビと映画、沈みゆくベネチア、ベニスに死す、考えるべきことは多いが時間がない。  
 これまでも自由時間は少なく、たまの休みは家族と過ごすことにしていた。今の私は仕事と子育ての季節にあり、いわゆる趣味やアバンチュールや愛欲ゲームの時期ではない。でも、あまり仕事にかまけていると、大切な部位が退化するので、自己点検のために休息の備忘録をつけることにしていた。それをコラージュすることとする。
○フリーマーケットを横断する。モノの間をねり歩く。サンダーバード5号の不完全なセット、褐色を帯びたパナマ帽、弦の切れたフラットマンドリン、ラブテスター。歩いているだけで、発酵するモノのエネルギーが吸収できて、現世からの乖離が防げるような気がする。
 スーパーに寄る。サバやイカやハムやナスやレンコンの間をねり歩く。広くて明るいスペースの両側に、清潔にパックされ、整然と並べてある。うれしい。市場大好き。だけどホントは、裸電球が吊るされて湿った空間に正体不明のなまものがべろべろと置いてある下品な市場の方がスキ。大阪の、サルがうろついている商店街や、ヨーロッパの裏町の、怒声が飛び交う朝市に行きたい。この思いは、思いはじめるといつも際限がないので、また今後じっくり思うことにして、薄い牛乳などを買って済ませる。
○デスクトップが壊れた。直し方などわからん。ハードの不調のようだ。買った時からぐずってばかりいるやつだったが、とうとう立ち上がりもしなくなった。壊れる前にせめて一言ごめんと言うべきだろう。礼節を知れ馬鹿者。しかも保証書が切れたとたんの暴挙だ。買った店に置きに行った。めんどくせえ。重い。誰だオールインワンなんか薦めたやつは。修理代は10万円が捨てるか直すかの分かれ道だろう。
 戻ってTAMIYAのミニ四駆、ディオスパーダとマックスパワーを作る。といっても組み立てるだけだが、手を加えてやるだけでほんのりと愛着が生まれる。私だけの組立てパソコンなら、多少トロい機械でも少しはがまんできるかもしれない。
○そやんか合衆国の北浦大統領に5年ぶりに拝謁する。阪神淡路大震災の際には、地元の六甲アイランドで災害対策本部長も務めておられたそうだ。伝説の委員会「ニューな茶飲み環境を考えるハイ・エージメディア対策本部」の思い出を交わす。
○涼風の日曜、かつてリンゴのマークのついていたビルの前にクルマを止める。外苑で自転車を借りて、息子たちと乗る。自力で風を切ってみる。神宮球場から歓声があがる。6大学の試合の最中だ。向こうから顔にペイントした男の子たちがぞろぞろ歩いて来る。国立競技場ではJリーグが始まるようだ。Jリーグは男の化粧に市民権を与えた。歌舞伎も京劇もKISSもこっち側の世界に引き寄せたということか。いや、おこがましい。表現者と一緒にしてはいけない。まだ幼稚な自己顕示にすぎないんだから。ただ、女の化粧は表現レベルに達している場合もあるが、たいていは自分を隠匿するためのものだ。顕示か隠匿か、男はどっちに行くんだろう。まあいいや。どっちにしろ、そろそろ私も職場に化粧して行ってもいいってことだ。仮想化し、記号化した役人がいてもよかろう。マスカラスのような覆面に紋付姿で稟議書を決裁する老いた自分を想い描く。午後、すっぴんで出勤。
○デスクトップ修理の見積もりが職場に届いた。9万8千円だという。インハイぎりぎりにシュートを投げ込まれた感じでのけぞる。やるなあ。捨てもせず直しもせず引き取ることにした。しばらくいじめてやる。新しいのも買わねえ。
○ノートPCを買い替えるかどうか迷っていたが、それもやめた。だけど、それを携帯するためのカバンは買うことにした。バーチャルな考え方といえよう。PCと違ってメーカーは決めていないから、帝国ホテルから銀座にかけて、ゴールドファイルとカルチェとタニノ・クリスティとルイ・ヴィトンをざっと見て、そのうちの1軒で、最新ノートが買える値段のワインカラーの定番モデルを購入。モノはめったに買わないので、すっとした。
 なお、革製品は馬具店であるエルメスで求めるのも妥当だが、いつか、バーキンというモデルをオーダーメイドすることとし、あらかじめ見送った。
○バーキンの名はジェーン・バーキンから来ているので、久しぶりにジェーン・バーキンとセルジュ・ゲインズブールの「69、エロティックな年」を聴きたくなる。パリのレ・アルのFNACで買ったゲインズブール全集を職場のロッカーから引っ張り出し、第5巻をCD−ROMプレーヤー+ドック+ノートPC+ヘッドホンで聴く。やっぱりいい。初めて聴いた時、ベースから入って、ギターがかぶさってくる導入部にウワアと声をあげたことを覚えている。こいつらホント不良だ。
 PILのアルバムに初めて針を置いた時にも、重いベースラインにジャラーンとギターがかぶさって来た瞬間、ウワアと声をあげたなあ。ウワアと声をあげたい。
○早朝、出勤までの間、覚醒するため、ブリジット・フォンテーヌを聴く。レインコーツを聴く。魂が透き通っている人たちだと感じる。声は、本質的なもので、人格や経験すべてを表す。消えたマンガ家・徳南晴一郎「人間時計」の主人公が声タダシという名前だったことを確認しようと思い、知人に迷惑メール。
 声。スラップハッピイやアストラッド・ジルベルトやカーディガンズの透き通ったピンク色の歌声がとても好きだ。日本の同種の声は、天地総子。天才・加藤芳郎とともに連想ゲームの女性チーム出題者をしていたことで知られるが、たとえ私がNHKの実力プロデューサーだったとしても、あんなにパンクな人選は思いつかない。
 ヤング・マーブル・ジャイアンツのボーカルも同類だ。彼女らの曲に「サラダデイズ」というのがあって、レコードについてた訳詞では確か「サラダの日」となっていたが、サラダデイズというのはホントは「駆け出しの頃」という意味だ。聴きたいが時間がない。
○登庁がてら、駆け出しの頃を思う、黄色のスーツに蝶タイで就職試験に来たやつをよく役所が採用したと思う、よく働いた、今と同じぐらい働いた、大貫妙子やトレーシー・ソーンなんかで気持ちを鎮めながら働いた、風呂に入れず、かゆくて、夜中、暗いトイレでアルボース液を塗りたくって頭を洗っていたら、守衛さんにみつかって、お互いにとてもびっくりした、あの頃、オールバックで、インテリヤクザを気取っていたが、年を経て髪型も恰好も更正したところ、この頃、インテリが取れて単にヤクザな奴と呼ばれるのはどういう訳だ。
○いまさら申し訳ないがスマップがかっこいい。はじめてテレビで見た頃は、何がかっこいいのかわからなかったが、今になってかっこいいと思う。デビューの頃からかっこいいと見抜いていたティーンエイジャーは、さすがに鋭いと思う。それがわからなかった私はダメなひとだ。
 モッくんの時もそうだった。私の周りにいた少女たちが、デビュー間もないシブガキ隊の三人の中で、モッくんがええわあと言っているのを、理解できないでいた。二年ほどたって、モッくんがええなあと思うようになった。私はダメなひとだと思った。
 そんな私にだって、デビュー当時からかっこいいとわかる男の子もいる。例えば、ボクシングの川島郭志にはデビュー戦からしびれた。浅野忠信も当初から光っていた。ダウンタウンも駆け出しの頃から凄みを見せていた。大川興業の江頭2:50や松本ハウスもステキ。モーリモリモリ・マンマンマンを初めて見た時もショックを受けた。これは女性だが。
○坂本龍一さんの「Discord」を視聴。気品をぎりぎりまで高めると過激になる。ありがたくて拝んでしまう。表現史に刻むべし。こういうものを開拓していくのが若いアーティストの役割。誰も坂本さんに追いつかない。坂本さんは、そんなことない、過激な若者もいるんじゃないかなー、と言うが。私の今年の一位はコレで決まり。
 二位は河瀬監督のカンヌ・カメラドール受賞。アテネ世界陸上の鈴木選手にしろ、日本女性の活躍が目立つ。アテネの近代オリンピック発祥の会場は、小さいが総大理石の見事なスタジアムだ。マラソンのゴール時には観客が少なかったが、人影が薄いほど美しさが浮き彫りになる。これに対し男の子はどうしているのか。幼児殺害や連続通り魔やエヴァンゲリオンの話しか聞かないが。 
 三位はまだない。
○夜中に頑張ったので明日の土曜日は休めそうだ。今週はヒゲをそれずに週末になったのでむさくるしい。帰宅し、川島雄三の大映作品「女は二度生まれる」のビデオ。女の可憐さ、汚さ。男の可愛さ、哀しさ。体のリズムに心地よいスピードとキレ。靖国神社かいわいを描写する大胆なアングル。日本映画の証ともいえる鮮やかな赤。絶妙のラスト。あー最後まで見ちゃったもう朝だ。見るのは二度目なので寝転がって見ていたが、途中で起きあがり、正座し、最後には立ち上がって見ていた。
 続けて、同じく川島「お嬢さん社長」、開始間もない頃のテレビと浅草の風俗が楽しい。眠いが、家族は出かけており、珍しくフリーだ。そこで京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターに向かうが、休館。「もののけ姫」に出向くが、こちらは満員。気力アウト。帰宅、冷酒ガブ飲み、お笑い番組見ながら早寝。
○暑い。午前中休暇。家族不在。是枝裕和監督・重延浩製作「幻の光」のビデオを恵比寿の店に返却、そのまま無目的に新宿。ゲーセンとビデオショップひやかし。書店を5軒めぐる。本に囲まれていれば一日ラクにつぶせるんだが、今日は立っているのがしんどい。
 暑いのにコギャルは皆レッグウォーマーだ。こういう風俗にそそられているうちは、日本はローカルの立場を脱するつもりはなさそうだ。この子たちがオヤジと交際しているんなら、少年は誰と交際するんだろう、ストレスの噴出口はどこだろう。
 考える気力がないので、渋谷のそうざい店で若鶏もも肉を抱えるほど買い、爆食。
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