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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第九話
それぞれ美しく、それぞれ苦しく生きる。ただ単に、そういうものだ。  97年7月号
○すっかり暗くなっちゃった。久しぶりの休み、もう公園にはだれもいない。はやくおうちに帰ろうよ。おかあさんが待ってるよ。手が冷たいね。きょうはたぶんおでんだよ。
 ふと見上げた。空が澄んでる。心の中でつぶやいた。「オリオン座だ」すると、息子が言った。「三つ星だ」あっ。通じた。オリオン座しってるの?知らない。つないだ手と手で伝わったのではない。きっと、私の言葉と彼の言葉を1500光年のかなたでオリオン座が媒介したんだ。
 熱くなって、涙が出た。1500年前に発せられた光を二人が同時に受けた。そのとき私の視線は1500年前にさかのぼり、その光源は1500年かけて彼のひとみにたどりつき、今ここで私は彼の言葉で悠久の歴史を共有した。いっしょに、いるんだね。オリオン座はそう語りかけてるんだ。なぜか涙があふれる。5歳の冬を迎えた長男がいぶかしげに見ている。楽しいなあ、おい。
○「ゴーゴーゴーゴーゴーゴー」3歳になった次男が歌っている。聴いたことがあるメロディー。なんだっけ。それ。「ネビラの星から」ん?ひょっとして?「スペクトルマン」ああやっぱり「宇宙猿人ゴリ」のテーマじゃないか。なぜか悪者の名前を番組名にしていたB級の。なんでそんなうた知ってんだ。「ビデオだよ」そんなビデオ借りたの?これか。ヒーローものだな。みてみよう。うわっ「豹マン」だ。どわっ「怪獣王子」だ。いかん、超B級の危険水域に入るには若すぎる。他のやつ見ろ、これなんかどうだ。おわっ「トリプルファイター」だ。これは?げっ「イナズマン」だって。ぎょ「ザ・カゲスター」だ。こんなのばっかりかウチにあるのは。
 じゃあ違うビデオで勉強しよう。これが、ドンキーカルテット。この人たちが、てんぷくトリオ。これは、チャンバラトリオ。チャントリって覚えろ。4人なのにトリオっていうんだ。かっこいいね。この二人は、はな寛太・いま寛大。このギャグの練習しようか。言ってみな、チョットマッテネ。そうそう。上手。じゃあ次は、レッツゴー三匹。はい、練習、こおれかあらわあ。そう。うまいうまい。あっ、この人、よく見とけ、早野凡平っていうの。死んじゃったんだ。りっぱな芸だろ、力ぬけてて。
 「おとうさんもうビデオ屋さん行くの」違うってば。役所だってば。おとうさんのおしごとはビデオ屋さんじゃないの。「ビデオ屋さんがいい」そうか。そうかもな。
○おとうさんいつも3時か4時ごろ帰ってきて、ハッチポッチステーションがはじまるころに出かけちゃうし、あれからずっと休みもなかったから、どこにも連れてってやれなくてごめんな。春が来たのに、朝だけだもんな、話すんの。
 行革ってやつで忙しくて、仕事が増えてるんだ、このままずっと行革やってたら、そのための組織がどんどんできて、通産省行革局とか建設省行革部とか、どんどん肥大化するかもしれない、お前らには関係ないけど。
 「まつどんぐりひろった」「まつぼっくりだよ」「あっ、さくらゆきだ」「さくらふぶきっていうんだよ」長男が次男の言葉を直している。大きくなった。お兄ちゃんはさかあがりできるようになったんだって?「棒のぼりもできるよ一人で上まで」そうか、すごいなあ。「ドリブルもだよ、サッカーとバスケット」じゃあこんど、サッカーな。「サッカー、サッカー」次男もはしゃいでいる。すまんな。
○「おとうさん明治キンケイカレーたべたい」長男が言う。なんだそりゃ。「ゼロ戦はやとのうたのあとに出てくる」知らんぞそんなカレー。いとしこいしが10万円7万円5万円運命の分かれ道、って言ってた「がっちり買いまショー」のグリコワンタッチカレーか、その前のオリエンタルマースカレーなら知ってるけど。いただきまーす、いただいてまーす、ではまた来週もオリエンタルがっちり買いまショー、って言うんだよな確か。それから若井はんじけんじのダイビングクイズが始まるんだ確か。関西だけかな。知らんか。知らんわな。
 キャラクターとスポンサーって密接だったなあ。アトムは明治、オバQは不二家、マグマ大使はロッテ、宇宙エースはハリスガム、ソランは森永、鉄人28号、パピイ、ロボタンは歌のさいごにグリコグリコグリコって入る。隣のひでちゃんもまあちゃんもおかしでパピイのペンダントを当てたのにおとうさんだけ当たんなくて、隣のおばさんがボール紙と輪ゴムで作ってくれて、それがいやでいやで。ロボタンのせっかち君とおとぼけ君とかいうしゃべるキャラクターもほしかったけどおとうさんは当たんなかったなあ。ロボタンってルーキー新一って人が出てて、いやんいやん、っていうギャグかますんだ。やってみな、いやんいやん。いやか。ジャングル大帝も歌のさいごにサンヨーサンヨーサンヨーでんきって入ってたな。キックの鬼フーセンガムってどこだったかな。メタルシールが当たったんだよ。おとうさん、アポロのアームストロング船長の顔が書いてあるやつが当たってな。ウクレレに貼ってたんだ。どうでもいいか。
 ありゃ、もう8時20分だ。ハッチポッチステーションはじまるぞ。じゃあな、行ってきます。
○これはジューレンジャーだな。「ジューレンジャーって、パワーレンジャーとおんなじだね」そうだな。パリにいたころ、ジェットマンとパワーレンジャーやってたよな。よくおぼえてるな。でも、むかしのゴレンジャーも今のメガレンジャーも、全部おんなじだよな。「ちがうよ、ジューレンジャーとパワーレンジャーがおんなじなんだよ、ほかはぜんぶちがうよ」なにっ、本当か?同じようなものってわけじゃなくて、ホントに同じってこと?むう、本当かもしれない。あっ、本当だ。ジューレンジャーとパワーレンジャーはキャラが同じなんだ。知らなかった。「そんなことみんな知ってるよ、おとうさんだけだよ知らないの」だけどすげー映像把握力だなあ、もう勝てないなあ。
○「おとうさんウカとフカってどう違うの」なに、フカ?「蛾もウカなの?」ああ、羽化と孵化か。むむ、どう違うんだ。さなぎと卵の違いか?うう、自信がない。誰が言ってたの?ウカとかフカとか。「CDROMだよ」またあのコンピュータの野郎か。あのなあ、それよりなあ、おとうさんなあ、小学生のときなあ、コオイムシを卵からかえしたことがあるんだぞ。「アシナガバチの巣って和紙みたいで早く乾くんだよ」そうか。知らなかった。それよりなあ、おとうさん、ハンミョウつかまえたとき手におならされちゃったよ。きれいな虫なのにな。「ランの花みたいにみえるハナカマキリってマレーシアにいるんだよ」そうなのか。へえ。てんとうむしがおなかから出す黄色い汁なめるとにがいぞ。「オオアリクイは長いしたべろでアリ食べちゃうよ」オオアリクイは南米にいるんだよ。「だけどセンザンコウはアフリカにいるんだよ」そうなのか。それもCDROMか?「ちがう、動物の本」アリなんか食べておなかこわさないのかな。「ウシはさあ、カンのふたとかも食べて危ないからじしゃく飲ませるんだよ、ぼうじしゃく」本当か?それ。図鑑に書いてあった?「ちがう、テレビ。ずんどこクイズで言ってた」
 かなわないなあ。家からWEBにつなぐとまず郵政省のホームページが出るようにしていて、まだ絵が動くところをおもしろがって見ているだけだが、これでちゃんと字が読めるようになると、もう勝ち目はないなあ。ウルトラマンティガに出てくるイルマ隊長の息子は電力の供給をも操る天才ハッカーだけど、ホントにそんな連中が続々と出てきそうだなあ。
○「おとうさんティガ描けたよ」「ティガのマルチタイプ」二人とも絵が好きだなあ。ずっと描いてても飽きないんだな。クレヨンか。コンピュータで描くのとどっちが好き?「クレヨン」「クレヨン」コンピュータの方が色がずっと多いのに。指先の肉感を楽しんでるのかな。描け。描け。何も見ないで描いてるけど、絵を覚えてるのか。誰に聞いた話だったろう、江川達也さんかな違うかな、マンガ家ってのは何も見ないで描く、画家は見ながら描く、全く別種の職業だって。描け。描け。マチスや、谷岡ヤスジや、ルノワールや、加藤芳郎や、ピカソや、つげ忠男の本かしてやるから見て描いてもいいよ。
 ゲームよりお絵かきの方が好きか?「ゲームも好きだけど、やらない」「あのね、いまね、プエーステーションとねー、セガセガターンとねー、ロクジューヨンとねー、やらない」物づくりがおもしろい時期なのかな、粘土や工作もやりだしたら一日中やってるもんな。
 それとも、ゲームはまだクリエイティブな作業には勝てないってことか。インタラクティブったって、まだ子供にクリエイティビティーのリアリティーを与えられていないってことだ。きっとそれはゲームの限界ではなく、ゲームはまだそういう発展領域を存分に残しているってことだ。
○97年の一般教書でクリントン大統領は、12歳でインターネットが使えるようにすると宣言した。日本の政治からはそんなメッセージを聞かないが、君たちの時代、「よみ・かき・そろばん」は「オーディオ・ビジュアル・インターネット」になる。しかも、「オーディオ・ビジュアル・インターネット」が「よみ・かき・そろばん」に取って替わるのではなく、両方とも必要になるということだ。だから、君たちは大変だ。
 長男は東京に生まれ、次男はパリに生まれ、平和に育ち、ネットワークとコンピュータを手に未来を生きる。わが子は果たして幸福なのだろうか。戦火の中に生まれた瞬間から民族の解放を願い、コーランと銃を手に煙の見える方へ立ち向かう子供もいる。彼らの方が、大きな希望と、輝く未来を抱いているのかもしれない。飢餓や疫病にさいなまれる子供、親のない子供、どんな子も、ウチの子も、それぞれの幸福や不幸を背負い、それぞれ楽しく、それぞれ苦しく生きる。ただ単に、そういうものだ。私は20世紀の日本でもがいている。わが子は21世紀の世界の中でもがくことだろう。
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