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わからん、それが問題だ  96.11-98.10 マックパワー(連載終了)
第四話  ぼくは大人のことが心配だなあ  97年2月号
 学生のころ、日本のマンガをぜーんぶ読破しようとしていた時期がある。スポコンも、劇画も、ギャグも、四コマも。少女も、エロも、一コマも。マガジンに、ガロに、りぼんに、チャンピオン。夜行に、COMに、エロトピア。重要な作品になると、一ページ読み込むのに数分かかったり、考え込んでしまったりするので、時間も体力も必要な作業だった。
 世界のロックをすべて聴いてしまおうとしていたこともある。同様に、気力と体力が消耗する作業だった。
 がんばった。数年たって、ある程度達成した。と思った。
 そのとたん、スキが生じ、少し間が空いてしまった。マンガも音楽も刻々と新作が登場するので、いったん間が空くと、萎えてしまう。就職後はそれを許す時間もない。くじけてしまった。すると容赦なく未知の作品が蓄積していく。不安ばかりが高じてくる。
 むかし学校で習った積分の方程式だとか、タングステン生産量の上位国を3つ挙げよとか、そういう知識はぜーんぶすっかりなくしてしまった。だけど不安は高じない。なのにマンガや映画の記憶が陳腐になるというのは、「背中からどんどん巨人になっていくみたいな恐怖」、って何のマンガだっけ忘れてしまったアー怖い!
 当然、映画もすべて見てみたい。映画ってやつは一本あたりに要する時間が長くて困る。ビデオなら早回しすりゃいい?それはダメ。飛ばしたり、止めたりしながら見てもいいような作品は、そもそも映画じゃない。
 だからなかなか進まない。私の場合、映画鑑賞を趣味と言えるようになるまでには、見ておくべき作品がまだ一七〇本ばかりある。ふだん私は公務員だが、結構忙しくて、一日のうち一六時間ぐらいは役所にいる。そんな私が就職後に見たペース記録は月三二本で、これはその期間ほとんど寝てないことを意味するのだが、死を覚悟でビデオを見つづけたとしても、映画を趣味にするまでにはあと半年ていどかかる。映画通と言えるまでには5年はかかるだろう。まして、すべてを見る、などというのは不可能だ。
 小説もすべて読破したい。美術品もすべて見たい。ゲームをすべてやってみたい。世界のテレビをすべて見てみたい。この世に生を得たからは、ぜんぶを記憶にとどめなくとも、一度はこの網膜に、像を焼きつけておきたい。
 ああ、そんなこと、絶対に無理だ。ウェブもすべてのぞいてみたい。シンガポールのホームページ検閲官は、地球上に存在するいけないページをかたっぱしからまさぐり続け、国境で撃破するという噂だが、しあわせなのだろうか。
 あふれる表現、わきかえる才能、無尽蔵の情報。それは楽園?それとも無限の地獄?情報をむさぼり、処理し続けることが人間の活動の大半をなすようになるのか。逆に、情報を選択したり捨てたりすることが人間にとって最も重要な営みになるのか。スカットしない。もやもやする。むかし学校で習ったように、スポーツで昇華すればいいのか。
 わからん。それが問題だ。わからん時はとりあえず若返ってみよう。そこで友人を紹介する。小学5年生、11歳。
「大人は、ぼくのこと、鉛筆も削れないっていう。不器用だって。テレビばかりで本も読まない。部屋にこもりきりで、人と話したりもしないって。
 でもぼくは、コントローラーやマウスを身体の一部として器用に操る。当然だよ。マンガやアニメで絵も学んでる。これからは文字より映像だって。テレビで誰かが言ってたから、信じた方がいいよ。
 
 生まれた時にはビデオもCDもLDもあった。ファミコンもパソコンもあったらしい。親がそういうの好きで。だからぼくは、しゃべるようになる前に、ビデオやパソコンで遊んでたんだって。8トラもあったっていうんだけど、8トラってなに?
 幼稚園のころにはもうパソコン通信やってた。大人の集まりに入って行って、ひらがなで少し書き込んだりして、なんだこいつ、って結構おもしろがられてたらしいけど。
 マンガ読むのって才能いるんだよね。たぶん。これスゲーとか思って親に見せても、どれもこれも同じに見えるとか言うもん。ダメだよね。生き残れないよ。テレビ見たり新聞読んだりするくせに、マンガは読めないんだよね。クソゲーかそうでないかのみきわめもつかないしね。漢字読めるけど英語読めない、みたいなもんだよ。
 ぼくには漢字の勉強しろとか英語やれとか言うけど、そりゃやった方がいいに決まってるけどさ、大人はマンガ勉強した方がいいんじゃないの。
 マンガ読んだりゲームこなしたりする能力って、そういうビジュアルの作品作る能力の基礎なんじゃないの。学校じゃ教わらないけどさ。
 このあいだ、学級会の朗読の時間に、科学も宗教も死んだ、って話になっちゃってさあ。日直のやつがふざけて毛沢東語録なんか読んだんだよね。戦争も学生紛争も知らない私たちよ、それでいいのか、とか言って盛り上がっちゃって。教育実習の女の先生、どうしていいかわかんなくて泣いちゃった。
 ぼくらの世代が共有できるのはメディア体験しかない。ジャンプはぼくら5年生の8割が読んでるって。メディアを軸にしてコミュニティーを築いてるんだ。
 自分の部屋にこもるのは、家族を避けるためじゃない。ネットワークのコミュニティに出かけるためだ。パソコン塾に入るとか言ってパフォーマ買ってもらったわけ。ネットワークはいいよ。ゆったりできて。電話代かかるから時間制限されてるんだけど、部屋にいればね、電源切ってても、いつでもその宇宙に向かえるから、気持ちが安定する。
 悪いことばかりやってるわけじゃないから安心してよ。コンピュータ使えば、汗水たらして修業しなくても、作家や、音楽家や、映画監督や、マンガ家なんて、カンタンになれるよ。中学出たらベンチャー起こそうかな。10代が勝負。30なんてもう老人だよね。まあ、ぼくらの中から、今の大人が及びもつかない天才がいっぱい出てくるよ。
 ていうか、新しいメディアは大人じゃダメだと思うんだ。インターネットでね、新しい作品作るとか、過激な作品流すとかいう人多いけどね、それはぼくらの仕事だよ。
 だってさあ、すごい作品作る人って、そういう才能ある人って、メディアは関係ないじゃない。自分でふさわしいルート選んで出せばいいだけなんだから。すごいマンガかく人はもうマンガの世界で売れちゃってるわけで、無理してインターネットにすり寄らなくていいんだから。
 マンガって紙にかくものでしょ。ページの使い方とか、コマ割りとか、ふきだしの場所とか、そういうのがぜんぶ集まってマンガなわけでしょ。そういうふうに作ってきたわけでしょ。だからさあ、すごいマンガでもアニメにすると全然つまんないものになっちゃうんだよね。作者が悪いわけじゃなくて、メディアが違うんだからあたりまえだよ。小説を映画にするとかいう話もよく聞くけど、そういうのもたいてい失敗してるんじゃない?そんなことない?
 何の話だっけ。そうだ。インターネットだ。絵でも音でも、他に発表する場がないからネットで出す、ってのがいくら集まってもつまんないよ。インターネットはゴミすて場になるか、なぐさめあいの場になるかしかないもん。そうじゃなくて、インターネットでしか表せない新しいものが作れるかどうかだよ。
 それはね、今ほかのメディアでダメな人がぐじぐじやってもたぶんダメでね、いきなりそのメディアからハマっていくやつがやんなきゃ。それを例えば1万人がやってさあ、10人天才が出れば、イケると思わない?マンガだって、ゲームだって、ブレイクしたときはそうでしょ?そのころって、天才なんか1人か2人じゃなかったの?
 
 思うんだけど、たぶんそれって技術の問題じゃないよね。新しいツールが現れて、それではじめて表したいものが自分の中に開発されたり目覚めたりする、ってことは多いと思う。でも、うまく言えないけど、頼っちゃダメだよね。
 マリオでも何でもいいや、技術とかツールとかがよくなって、キャラがさあ、ホントの人間そっくりにリアルになったら、その方がハマるかっていうと、そういうことじゃないでしょ?
 ウチの親、映画見ながらよく、オズを超えられないよなあ、って言うんだ。あれってさあ、よくわかんないよ。静かでさ。遅くってさ。ずっと昔の家ん中と人の顔が映ってる。やることもしゃべることもキチキチ決まってるって感じ。それにハマる大人が多いわけでしょ。外国でも一番有名なんでしょ。日本の映画じゃ。
 思ったことや考えたことを絵で表すようになるわけでしょ。コンピュータで。違うか。絵で思ったり、絵で考えたりするようになるのかな。そうなった時、リアルな絵で見せた方が伝わる、って言い切れないと思う。クレヨンでグジュグジュかいたものとか、簡単なマークとかの方が、バチっと気持ちが伝わるってこともあるんじゃないの。数字が並んだのとか、バーコードとか見ただけで興奮する人だっているじゃん。
 リアリティーっていうの?はあ。それがね、どうなっていくか、わかんない。たぶん、ツールじゃなくって、だから誰かからもらうものじゃなくて、ぼくらが作っていくもんなんだ。
 ぼくは大人のことが心配だなあ。ぼくら生まれたときからネットワークにジャックインしてるわけで、そのまま世の中に出ていく。その時まだ大人ってマニュアル読んでひいひい言ってるんじゃないかなあ。
 ランダムアクセスは正確でね、情報の選び方だってゼッタイぼくは勝つよ。最先端の知識とか、それを使う速さとかではゼッタイ今の大人に負けない。
 しかもね、その時ぼくらは絵で考えてるんだよ。
 知恵と経験っていうやつでどこまでぼくらに太刀打ちできるかだね。」
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