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BOOK
アメリカにおける 電子商取引の実態と政策
(郵政研究所編 「日本の電子商取引とインターネット」 2001.2.28発行)

8.1 メディア構造の変化

8.1.1 二つの融合
 90年代前半、ネットワーク、プラットフォーム、コンテンツのそれぞれの分野でデジタル融合が進展した。バラバラだったネットワークが通信や放送の統合網になったこと、パソコンやテレビや電話がくっついてマルチメディアというプラットフォームが登場してきたこと、そしてコンテンツが「ワンソース・マルチユース」になってきたこと等がその例だ。
 このような動きは、90年代後半から現在にかけて、それぞれの要素(ネットワーク、プラットフォーム、コンテンツ)どうしをつなぐという段階に歩を進めている。例えば、
^ネットワークとプラットフォームをつなぐものとして、インターネットが普及してきた。
_ネットワークとコンテンツをつなぐ形で、通信と放送の融合が進展している。日本の場合、映像コンテンツの大半をテレビ番組が占めているので、通信と放送の融合の本質は、テレビのコンテンツを通信ネットワークでもどんどん使えるようにするということになる。
`コンテンツとプラットフォームをつなぐというのも、デジタルテレビという形で進もうとしている。テレビ番組をコンピュータでじゃぶじゃぶ使えるようにするというのが本質的な意味だ。
 同様に、市場の統合も進んできている。今後、メディア産業が成長する過程で、ネットワークの産業の比重が落ちていく一方、コンテンツの比重が上がってくるという見方が一般的となっている。しかしながら、コンテンツが大きくなるという意味は、日本でエンタテインメント産業がこれからブレイクしていくということではなく、電子商取引や、それで言葉が狭いとすればサイバー取引のようなものが、大きくなっていくということだ。つまり、買い物、金融、さらには医療、教育、行政など、いま現実の社会で行われている活動がネットワークの世界に乗ってきて、コンテンツ産業化していくということである。

8.1.2 IT産業とITの区別
 平成12年版通信白書によれば、99年のインターネットの普及はアメリカで39%に達した。日本は21%だ。アメリカでは、全体の普及速度は低下傾向にあるものの、インターネットは産業経済の中核としてなお急速に発達・高度化を続けている。
ここで商務省「デジタル経済」(2000年6月)は、
@IT産業がGDPの8%を占める
A95年来の経済成長の30%をIT産業が占める
Bインフレ率を 0.5%低下させている
CIT産業の雇用は740万人、全雇用の6%を占める
など、IT産業の発展がアメリカ経済に非常に大きなインパクトを及ぼしたという見方をしている。
 しかし同時にこれはIT産業が全体の8%しかないということを示すものでもある。アメリカは経済が過熱気味と言われるほど好調で、その好調さはIT産業なりITがもたらしたという論調がほぼ肯定されている。だが注意を要するのは、「IT産業」がもたらしたものと「IT」がもたらしたものを混同しないようにすることだ。
 問題はGDPの残り92%である。80年代後半から製造や金融、物流といった産業全般で、情報装備やリストラが進み、それで経済が再生してきたという点だ。ITがコストダウンとスピードアップを推進し、アメリカ産業全体の競争力を高めたということである。
 無論リストラは痛みを伴う。ホワイトカラーの削減が行われ、それを吸収するサービス産業や流通業の広がりと柔軟な労働力市場の存在があり、かつ、大量の新興企業の勃興も伴って、アメリカ産業全体の体質改善が図られたのである。日本の失われた十年は、アメリカにとっても苦痛の十年であったが、目的の明確な挑戦であった。
 ITの進展は、道具としてのITを日用品化させ、産業活動に溶け込ませることを意味する。IT産業の拡大には短期的な経済刺激が期待できるとしても、長期的にみればそれ自体に価値があるわけではない。価値があるのはITそのものである。

8.1.3 資金ルートの拡張
 メディアに流れるおカネのチャンネルやそのポートフォリオをどう変えていくかがIT産業のカギを握る。企業のIT投資にしろ、企業からコンテンツに回る資金である広告市場にしろ、日米の格差は大きい。アメリカは直接金融の占める比重が大きく、企業・家庭から資金を調達するチャンネルも太い。
 アメリカでは様々な分野で無料のサービスが拡大している。タダでパソコンを配ったり、タダでソフトを配ったり、タダでインターネットのサービスを提供したりしている。しかしどこかでおカネを取ってこなければいけない。利用者からの料金収入・販売収入でまかなうのか、広告収入でまかなうのか。ハードウェアやネットをタダにして、コンテンツ収入でまかなうのか、あるいはその逆を行くのか。こうしたビジネスモデル同士のせめぎ合いをまだ続けている状況にある。
 99年には日本でもITが今後の決め手だという意識が産業界に浸透し、不況ながらIT投資にドライブがかかった。インターネット広告は99年の推計でアメリカが30億ドル、日本は約 200億円で、その差は依然大きいものの、日本の成長速度が高まっている。低金利など金融市場の事情も手伝って、家計からのおカネが株式市場に回ってくるようにもなった。特にマザーズやナスダックを創設するというのは、市場は与えられるものではなく作ることができるものだという価値の転換を伴い、産業界と国民全般にとって画期的な意味があった。
 なお、最近アメリカでは、BtoCのウェブサイトを訪れるとユーザにポイントが貯まるという方式によって顧客拡大と販売促進を図る手法が広がっている。これは直接の売上や広告料収入だけでなく、企業の販売促進費をインターネットに注ぐという新たな資金ルートの開拓の事例であり、このようなルート拡張の手法が今後も模索されると考えられる。

8.1.4 ネットバブルの崩壊
 一方、2000年3月、アメリカはネットバブルの崩壊と呼ばれる現象に見舞われた。ナスダック市場の株価が値崩れし、ドットコム系の多くが痛手を被った。3月27日から4月12日にかけ、ナスダック総額の24%がダウンしている。取り分け新興の企業が株式総額の増大を価値基準に置いていただけに、ビジネス展開や資金調達の面で深刻な事態となった。
 とはいえこうした状況は99年から2000年冒頭にかけ、多くのアナリストが予期していたところであり、いわば株価の調整局面、ないしは正常化とみるのが妥当であろう。実体に乏しく収益性に疑問のあるドットコム企業の株価が下がっており、堅調なIT企業は堅調な株価を維持している。
 黒字を経常したことのない企業や未だ売上がゼロに等しい企業であっても、将来の成長性ありとみれば株価が高騰するという傾向が続いていたが、その後、収益性やキャッシュフローを重視する経営が改めて脚光を浴びるようになっている。
 ベンチャー企業の活躍がなお注目されてはいるが、99年に株式公開した会社の1/3は公開価格を割り込む負け組となっている。IT関連というだけで株価がカサ上げされた幸福な時期は去り、もはや選別と淘汰の時代に入った。
 日本も同時期、同様にネット企業の株価が下がるという状況がみられたが、実態に比して高すぎる株価という見方はアメリカ以上に指摘されていたところであり、正常化が早期に行われたとみるのが妥当であろう。

8.1.5 ベンチャーの隆盛
 ベンチャー系は未だ日米格差が大きい。まず新陳代謝の面で差がある。98年に株式を公開した企業はアメリカ 611社、日本84社で、7倍の差。株式公開に要する期間が平均でアメリカが5年、日本が29年で6倍の差。これらは新市場開設で大きく改善される見込みだが、より大きな特徴は、アメリカは廃業率が高いという点だ。米11.3%、日 3.8%。廃業率と公開率、両方の新陳代謝があって成り立っている。多産多死型である。
 ベンチャーキャピタルの違いも大きい。郵政省「情報通信ニュービジネス研究会」報告書によれば、スタートアップから設立10年までの会社に出資する比重が、アメリカ70%に対し、日本は40%程度である。出来上がったものにカネが注入されるというのが日本の特徴となっている。また、ITに対する投資比率にも差がある(米50%、日19%)。こうした行動様式の違いが現在のIT市場隆盛の差となって現れている。
 ベンチャーキャピタル以外にベンチャー隆盛を支える要因として、ビジネススクールの充実、技術移転会社や大学事務所の存在など、大学と起業の接点を重視する意見も強い。人材、知識、技術の製造場としてアカデミズムがビジネスに直接貢献している。
 大学関係者にベンチャー成功の要諦を尋ねると、チームワークという答えが返ってくる。飛び抜けた技術を引っ提げてビジネスを開始するパターンよりも、技術、ビジネス、アートの専門家たちがバランスの取れたチームを組んで組織対応するのが成功率の高いモデルだという。

8.1.6 ポスト・シリコンバレー
 ITといえばシリコンバレーであった。が、ここ2〜3年の動きとして、コンテンツ系企業が集積している都市にシリコンバレーから力が移動する傾向が現れている。シリコンバレーは、IT系の中でもハードウエアやアプリケーションの比重が高い地域だ。いわばツール作りの会社が集まったハイテク工場地帯である。現在、その地域に対し、商品やデザインの方向性を指示しているのがコンテンツ企業、とりわけウェブのコンテンツやサイトを企画・制作・運営している会社である。
 以下の地域がその例だ。
@出版広告界を背景とするニューヨークの「シリコンアレー」
A写真やアニメの制作産業をバックにしたサンフランシスコの「マルチメディアガルチ」
B映画産業をバックにしたロサンゼルスの地域
C大学をバックにしたボストン近郊
Dネットワーク系のワシントン近郊
 従来の表現産業などの産業文化背景を持つこと以上に端的な特徴は、都会の真ん中だという点だ。シリコンバレーは郊外というか単なる田舎である。シリコンバレーは技術中心で、研究者タイプ中心であるから、都会から郊外へというスタイルで発達した。一方コンテンツ系は技術よりアート、研究者よりアーティストであり、街の真ん中へとドライブがかかる。ハードからソフト、技術からアート、という傾向は一種の成熟ととらえてよかろう。
 今アメリカのIT系で求められている人材は、算数と英語(言葉)とアートの三つを併せ持っている人と言われる。大学の試験でも、この三つが重視されている。コンピュータ、論理や言葉の表現能力というものと同時に、美術や音楽というアートの認識力や表現力に比重を置く傾向は定着すると思われる。

8.1.7 ネットワークの競合と集約
 99年には、テレコムキャリアの水平統合が進み、AT&T、MCIワールドコム、ベル・アトランティック、SBCという4強の時代を迎えた。ADSLとCATV(ケーブルテレビ)が市場で本格的に競争を始めて、ユーザにとってメガ級のインフラを選択肢できるようになった。
 特に、AT&Tの展開が話題の中心であった。足回りとしてCATVを使うという姿勢が明確になり、積極的なCATVの買収・提携が目に付いた。AT&Tにマイクロソフトが出資し、CATVのTCI、MediaOne、タイムワーナー等がくっついて、1つのファミリーめいたものができた。
 それへの対抗軸として、MCIワールドコムやAOL、ベル・アトランティクなどが組んで、ADSLを提供するという構図も現れた。99年末には、CATVのインターネットが 150万ユーザを獲得し、ADSLが30万加入という競合状態になっている。
 しかしこの二大陣営が激突するという幻想は2000年に入ってあっさりと崩れる。AOLとタイムワーナーの合併発表である。AT&T陣営の川下に位置するタイムワーナーと、ワールドコム陣営の川上たるAOLがつながった結果、業界全体がループを描く構造になった。
 今後もこの分野の提携・買収の動きには大きな変動があり得る。2000年6月にはMCIワールドコムとスプリントの合併が規制当局の意向によりご破算となっているが、これも集約への反動の一つとみてよかろう。

8.1.8 ネットワークの展望
 ネットワークはアメリカが進んでいるというのが一般的な評価である。確かに電話網や1.5メガ級のインターネットの点では世界随一の利便性を誇る。しかし長期的にその比較優位が続く保証はない。
 アメリカは市内電話が定額制であり、回線利用に限れば月々10ドル〜20ドル程度でインターネットが使える。加えて、CATV、ADSLにより、最大1.5メガ級が月々30〜50ドルで提供されている。
 まず、これがどこまで進むかがなお疑問として残る。20ドルで56kbpsというISDNに近い速さを使える一般の消費者にとって、もっとカネを出して高速に移るインセンティブがどれだけあるかは、実はまだきちんと見えてはいない。電話の定額制がアメリカのインターネットの原動力であるが、実はそれが次のステップのネックになる可能性もはらむのだ。
 日本の場合、ダイヤルアップが高すぎるため、逆にCATVやADSLに競争力がある(問題はそれを提供する主体が乏しいということ、すなわち電話網の地域独占、この点に尽きる)。さらに日本はモバイルの普及が圧倒的に進んでおり、メガ級のモバイルも世界に先駆けてブレイクすると見られる。現在アメリカが優位にあるクラスのインターネットは、日本は数年後に移動通信で達成する可能性がある。
 さらに重要なのは映像インターネットの展開だ。6メガからギガ級のインターネットをどう達成するかだ。日本では加入者線まで光ファイバーに置き換える方向がおぼろながら見えており、さらに、地上派テレビのデジタル化を通じて、電波による太いダウンロード回線が提供されていくことも現実性を帯びつつある。
 ところが、アメリカはその展望が描けないでいる。CATVやADSLはそもそも光ファイバーの回避だ。ネットワークを民間競争で整備するというドグマは、長期をかけて将来の高度インフラを整備する主体の排除にもつながる。光ファイバーに積極投資する主体が見えてこないのだ。テレビのデジタル化も今のところHDTVを主体に大画面・高画質を追求する方向に動いており、インターネットやコンピュータとの連動は動きが弱い。

8.2 電子商取引の現状

8.2.1 B to C概況

 アメリカの電子商取引の小売市場は日本の10倍ぐらいあるという。この市場規模に関してはあまりに多様な数字が公表されており、それぞれ定義や計測範囲も異なる(例えば、ネットで売買相談した上で面談で購入した不動産の価格を電子商取引に加えるか否か)ので、数値を用いるのは危険なのだが、規模の差が大きいことは事実である。
 さて99年7月、経団連は提言の中で、アメリカで電子商取引が発達した理由として、
@確定申告をパソコンで個人が行ってきたから
A通信販売の土壌があったから
Bベンチャーキャピタルがあるから
等の事項を指摘した。
 その意味では、アメリカが先行するのは当然だ。通販市場が60倍の規模格差であるとか、日本ではコンビニが普及していて夜あるいても安心であるとか、彼我の状況を勘案すると、逆に日本のBtoCは結構早く成長してきていると評価できる。
99年のクリスマス商戦での小売は、全米で60億ドル程度だという。98年1年間で70億ドルから 150億ドルと言われ、それをクリスマス期間だけでカバーするほど電子商取引が庶民レベルにまで浸透してきている。
 99年のクリスマス商戦での60億ドルのうち、物品(書籍やおもちゃ、音楽のCD等)は50億ドルぐらいで、旅行が10億ドルぐらいだという。また、AOLだけで25億ドルを稼いだという。
 しかし、2000年7月に全米小売業協会が発表したところによれば、99年の全米小売業の売上は約3兆ドルで、これに占めるネット売上の比率は1〜2%だという。とすれば、残り99%が市場として広がっているわけであり、今後の成長になお期待が集まるのもうなずける。

8.2.2 囲い込み
 B to Cを手がける企業は、顧客の囲い込みを最大の眼目としている。視聴者・利用者数を増やすこと、そしてウェブの滞在時間やクリック数を増やすこと、に向けた戦略を練ってきている。
 米国在住のジャーナリストである小池良次氏の洞察(http://www.ryojikoike.com)に沿ってその流れを観ると、おおむね以下のような順にサイト群が立ち上がってきている。
@検索サービス
サーチエンジンによる客引き
Aカスタマイズ
ニュースや天気予報を個人別にニーズをつかんで送信
B無料サービス
タダのメール、タダのホームページ作成など
Cコミュニティ提供
チャット、フォーラムなど
Dショッピングモール
高級モール(AOL)、フリーマーケット(ヤフー)、スーパーマーケット(アマゾン)
Eオークション
Fテーマポータル
 女性向け、子供向け、高齢者向け、スポーツ、音楽、金融、自動車、家電 など

8.2.3 ブランド作り
  最近の特徴として、テレビのコマーシャルにドットコム系が増えていることが挙げられる。テレビCMがURL連呼型に征服された感さえある。99年1月、アメフトのスーパーボールでは、30秒の広告枠が200-300万ドルで売られていたという。そのCMには聞いたこともないドットコム系企業が集中し、前年の売上の半分をそのCM1回に注ぎ込んだいう企業もあるという。
 顧客を獲得するための認知度を上げるのに全力投資をしている姿であり、ブランドを確立したいという過渡期の姿だろう。しかし、そんなに多くの新興ブランドができるわけはなく、逆に今ブランドを持っている名門企業がドットコム系と同様のインターネット対応をしてきたら勝敗の予測はたやすい。
 ネット系、ドットコム系は本来、R&D型の投資でビジネスモデルを更新するところに成長の本質がある。市場開拓のためにテレビCMという営業やマーケティングに資金を投入する傾向は、成熟ではなく自爆の前兆ではないか。この傾向は長続きはしないだろう。
 ちなみにテレビとインターネットの関係で言えば、最近、インターネットを利用しながら同時にテレビを視聴するユーザが増加しているという。調査会社データクエストによれば、テレビを見ながらPCでインターネットを利用する人(テレウェバーズと呼ばれる)が、98年の800万人から99年は2700万人に急増したという。ニュースを見ている際にインターネットで詳細情報を得る、スポーツ観戦中に関連情報を得る、といった使い方をしているらしい。
 一方、PC画面でテレビを見るというタイプはコンピュータ業界の目論見に反して伸び悩んでいるらしい(99年で210万人)。パソコンとテレビは見た目や機能が似てきたにもかかわらず、しばらく別々のハコとして存在していくつもりのようだ。
 B to Cでは、一人の顧客を獲得するために100ドル以上のコストをかけることが常態となっている。しかし最近、ドットコム間での提携を通じ、あるサイトで買い物をすると他サイトでも使えるクーポンがもらえるという相互リベートを導入する動きなどもあり、顧客獲得のための手法にも協調型の広がりが見られるようになっている。

8.2.4 B to Bの隆盛
 B to BはB to Cの10倍の規模で進展しているという。電子商取引のビジネスとしては、最終消費財を扱うB to Cよりも、中間生産財を流通させるB to Bの方がはるかに大きな市場となっている。
 これは10年20年以前から地道に進められてきた企業のネットワーク化がインターネットの進展によって広く普及しはじめたものだ。受発注、調達、物流管理、在庫管理、財務管理といった企業内・企業間の業務がオンラインで行われることが、いわばようやく本格化したものである。
 特に、資材調達をネットで行うことがB to Bの柱として広がっている。たとえば、自動車製造や食品などの分野で、買い手側の同業者が連携して調達の市場をサイト上に設定し、コストダウンと効率化を図るという手法である。また、従来の卸売業者がその業界の調達を仕切る形で乗り出してくる例もみられる。部品、消耗品などが扱われているだけでなく、電力やガス、通信回線などを業界内のブローカー的にさばくようなビジネスもある。
 これは一種の取引市場である。コミュニティを形づくること自体をビジネスとしている点は、ネットの本質的な特徴を活かしたものとして注目すべきであろう。

8.2.5 コミュニティとしてのC to C
 こうした動きに参加するため、ERPと呼ばれるパッケージソフトを利用する企業が増加している。総合的な業務用ソフトをカスタマイズして導入し、全社のネット対応を図ろうとするものだ。他方、オンラインで業務をこなす専門業者も続々と登場している。受発注から物流、財務、さらには営業や広告、顧客管理など各種業務をこれら外部に委ね、自社は中核的な得意領域に特化するという戦略も成り立つ。まさに多数の連携を前提とするネット的なビジネス手法である。
 その延長で、企業間だけでなく、顧客も含めた広場のようなサイトが多数発生している。CtoCともいうべき動きだ。オークションのebayが著名だが、参加主体が企業であるか消費者であるかという区別はもはや本質ではなく、情報や商品の売買・交換を行うコミュニティのプラットフォームとしてネットならではの機能が発揮されている。
 このビジネスはモデルとして確定はしていないが、ユーザ同士がやり取りをするときのトランザクションに課金する方法、ショバ代をよこせという場所貸しタイプ、そしてそれらのミックスといった手法がみられ、そのポートフォリオを探っている状況にある。
 99年11月の数字では、ebayは1日で 145万7000トランザクションがあるという。アマゾン・ドットコムが81.5万件、バーンズアンドノーブルが32.8万件というから、ずば抜けた規模だ。その他C to C系では、たとえば鉄鋼製品、不動産、航空券、会議場の融通、産業機械、パソコンなど、各種のコミュニティがある。
 ブランド作りは顧客数を増やす方法だが、さらに、それらユーザをいかに深く長時間サイトに留まらせるかが重視される傾向にあり、その手法としてのコミュニティ空間づくりが注目されている。市場を提供するというビジネスは今後も成長することが見込まれる。

8.2.6 アドバイザーと利用者パワー
 顧客数を増加させたり、長時間サイトに滞在させたりすると同時に、顧客との関係をより深くするための手法も求められている。サービスをカスタマイズし、個人向けにお勧め商品などの情報をウェブ上やメールで提示するものが多くなっている。
 コンピュータや家電、花などの販売では、よりコミュニケーションを深めて、サイト上で相談を進めながら商品の選択を進めていくサービスも登場している。こうしたサービスや機能はアドバイザーと呼ばれている。
 フェデックスのように、顧客が自分の注文をトラッキングできるようにしているところもある。これは自社データベースのシステムを顧客が利用することを可能にしているものだ。
 ネットワークは、商品・サービス提供側から利用者側に情報を提供する手段としてだけでなく、提供者と利用者が対話する双方向の機能が重視されるようになってきている。航空券販売などでは、利用者が提供者に価格等の条件を入力し、提供者側から好条件を引き出す(つまり値切る)サービスも見られる。価格交渉権が提供側から利用側にパワーシフトしているわけだ。
 なお、ネット上での商品・サービス提供は、営業や流通・在庫管理等に要するコストが大幅に削減されるとともに、他の店舗や事業者との比較も瞬時に行われるため、価格・料金には常に低下ドライブがかかる。
 MITスローンスクールのBrynjolfsson教授によれば、実際の店舗での販売とネット販売とを比較したばあい、本の価格は9-16%安く、音楽CDは9-13%安く設定されているという。だからといって理論的に一物一価が実現するかというと、そういうことではないらしく、ネット販売においても価格のばらつきは残ったままで、サービス品質やブランドというものはネット上でもなお力を持ち続けるようである。

8.2.7 アグレゲイターとエージェント
 各種のサイト同士を比較するサイトもある。たとえば本のタイトルを入力すると、その価格や入手方法などのデータを関連サイトから集めてきて、比較して提示するサービスだ。こういう情報収集・分析・提示サービスやソフトはアグレゲイターと呼ばれ、書籍のほか、家電、航空券、金融商品などさまざまなジャンルのものが登場している。
 情報を収集し分析する側に立ってどうビジネスに活かすのか。それ自体を顧客サービスとする方法もあろう。また、同業他社の商品・サービスと自社のものとを比較し、顧客にとって最も有利な(自社にとって不利な)条件に合わせて提供することによって売上を確保するという戦術もあろう。このビジネスモデルの構築もまた模索段階にある。
 一方、情報を集められる側にとっては、どのように自社の情報が集められ、分析され、提示されるかは死活問題となる。比較提示されるという前提で商品・サービスの設計や情報の表示方法などを決定していく必要がある。自社の情報を集められることに不満を持つ企業がアグレゲイターを告訴したが、アグレゲイターがその会社の情報を比較対象にしなくなったことの影響が大きいことに気づき、協調路線に反転したという例もあるという。
 こうしたサービスの心臓部にあるのがエージェント技術である。サイトをめぐって情報を収集してくるのは一種のエージェントソフトだ。顧客はポータルサイトで店と直接に交渉するだけではない。売り手側のエージェントに対し、顧客の買い手エージェントが交渉して話をまとめるという行動が発生しつつある。
 エージェントは技術開発が求められていくとともに、交渉権や判断権をどこまで持たせるのかといった戦術論も加わり、今後のインターネットのアプリケーションにおいて中心的な議論対象となろう。数年後にはエージェント技術を駆使した新しいサービスが多く登場していると予測される。個人ユーザでも、買い物だけでなく、ネット上での多くの活動をエージェントに代行させておき、寝ている間にいろんな仕事を処理させていくというようなことが現実のものとなろう。

8.2.8 バーチャルとリアル
 アメリカの電子商取引は急速に進み、熾烈な競争が行われている。既にオモチャ、洋服、ビデオの販売など一部のドットコム分野には淘汰の動きも見られる。しかし、本当に電子商取引が本格化するのはこれからだ。
 これまでのドットコム系は、その多くがお客様に対しての窓口を開いたということであり、窓口の情報化の段階だ。企業取引の受付や受発注処理といった部分をウェブサイトが行えるようにしたに過ぎず、そのバックにある在庫管理、物流、財務・資金管理といったリアルな業務処理の情報化はまだ完成していないところが多い。
 例えば、アマゾン・ドットコムは倉庫や物流に巨額の投資をして、ドットコム系からリアル系に入ってきている。98年末から99年末にかけてアマゾン・ドットコムの従業員数は4倍近くまで増えている。デイリー前商務長官はIT産業が雇用を吸収していると言ったが、アマゾン・ドットコムというIT企業が2倍も3倍も吸収しているのは、非IT分野への対応である。
 と同時に、実際にお店を構えて商売をしてきた会社が、急速にインターネット対応を進めている。リアル系ブランドがドットコム系としての対応を完成させ、旧ドットコム系と競争する姿が99年から各業種で本格化している。
 特にスーパーなどの小売業では、インターネット専門販売業者の急進に対抗して、インターネット販売と店舗販売の両販路を巧みに結合利用して競争力を盛り返す例が目立っている。自動車製造、金融などでも、旧来のブランド企業がネット企業の顔も持つようになっている。ドットコム系の株価が調整過程を迎えたのは、この動きと無縁ではない。新旧あわせてのネットでの競争はここからが本番となる。
 日本はサイバー系とリアル系が同時に進む。新興ドットコムの登場と、旧来のブランド企業のドットコム化とが一斉にヨーイドン状態にある。したがって、新興ドットコムにとっての環境はアメリカ以上に厳しいものがある。
 なお、付言すれば、日本は携帯電話の浸透度、使い込み度が他の先進国から頭一つ抜け出しており、ネットビジネスの姿も特殊な発達の方向をたどる可能性がある。デジタルテレビもスタートが遅れたとはいえ、地上波テレビの浸透度の深さ、テレビ局がメディア市場に占める位置の特殊性などからみて、長期的には他国に比べテレビ系によるネットビジネスが高度に発達することも想像される。米国型先進ビジネス手法の直輸入は必ずしも正解とはなるまい。


8.3 電子商取引政策


8.3.1 アメリカ国家との関わり
 情報通信分野は規制緩和が進み、政府がITに果たす役割は小さくなっていくというのが一般論であったが、電子商取引が本格化するに従い、逆に政府との関わりがクローズアップされるようになってきた。
 インフラ整備に対する経済規制は撤廃の方向にある。しかし、電子商取引は、インフラの上で流れるコンテンツやアプリケーションの分野だ。それも、暗号や認証、セキュリティやプライバシー保護のように、金融や国防を含む国家機密に絡む制度に触れるため、国家政策とのかかわりが高くなる。これまで各国政府のコンテンツ政策としては、テレビや映画をどう扱うかという関心が中心だったが、これを超える政府関与が避けられない。
 とはいえ比較的アメリカは政府関与を少なくするという姿勢が基本にある。競争が国民の利益を増進するという思想が定着しているからだが、それに加え、自国企業の競争力が強いため、その競争力を世界市場に発揮するには、アメリカ以外の国の政府関与が弱いほど好都合という視点もある。
 アメリカの目標は、世界的な優位性をどう確立し、外向けに発揮させていくかだ。たとえば関税は撤廃しようと言う。アメリカは売り手だからだ。一方、著作権は保護するよう他国に働きかける。アメリカはコンテンツを持っているから、コンテンツの生産価値の源泉として著作権を押さえるのは当然のことだ。ゼニをこっちによこせ、そっちで取るな、と言っているだけのこと。アメリカの戦略は常に単純に読みとれる点が特徴だ。
 各国の戦略も明らかになってきたため、国際調整も98年以降、マルチの場での閣僚級折衝が本格化し、99年には四極通商会議などの場で、アメリカとヨーロッパの立場が対立する場面を迎えている。2000年7月の沖縄サミットではITが主要課題となり、各国の関心事の中心を占めるようになった。

8.3.2 プライバシー・セキュリティー
 プライバシー保護に関しては、ヨーロッパは国家が規制するスタンスが強い。ドイツ、イタリア、イギリスは消費者保護に関する法整備に積極的で、EUでの取組も活発だ。これに対し、アメリカは民間の自主対応を重視するスタンスであり、法律の対応は連邦政府よりも州政府が中心となっていた。
 このため、基準を満たさない国に対し個人情報の送付を禁ずるというEUプライバシー保護指針をめぐり、アメリカとヨーロッパとの対立が続いている。2000年6月にはアメリカが歩み寄り、アメリカ企業が適合すべき指針を作ることとなったが、今後も基本姿勢の違いから調整を必要とする事態が生ずることが想定される。
 ただしアメリカも電子商取引が本格化するにつれ、民間対応の限界にも直面するようになっている。子供から個人情報を入手するに当たって親の同意を必要とする法律を2000年4月に施行させるなど、児童保護には力を入れてきたが、さらに6月、FTCが個人情報保護の法規制が必要であると表明するに至り、基本的な方針転換に通ずる動きとして注目される。
 セキュリティーの中心を占める暗号の扱いはアメリカはナーバスだ。暗号の技術や商品が国外流出することに関する規制は緩和されてきているが、国の政策資源としてとらえてコントロールしており、今後もこの課題は国際戦略の上で重要な位置を占めていくこととなろう。
 電子署名や認証の制度についても法的な取組がなされ、日本での法整備とほぼ同時期の2000年6月には法律が成立している。クリントン政権は2月にはセキュリティ強化のための予算拡充を表明している。インターネット商用化以降、民間対応をテーゼとしてきたアメリカにおいて、99年から2000年にかけて、連邦議会・政府が一連の関与策を採ってきている点に注意を要する。

8.3.3 電子政府
 電子政府の政策の意味として、国民の利便性が向上するということはもちろんだが、政府がインターネットの利用主体になり、かつ、コンテンツのプロバイダになるということにより、国全体のIT化を促進させるという意味も非常に大きい。
アメリカはゴア副大統領が中心になって情報公開をするとか、インターネットで資材調達をするということに積極的に取り組んでいる。2007年には税務申告の電子化を80%まで達成する目標を掲げている。
 なお、この分野では、アメリカ以上にイギリスのブレア政権が活発な姿勢を見せている。全行政手続の電子化を2008年までに達成することとしており、2000年からは電子手続を利用して納税をする小企業には税金を割引きしてやるという斬新な施策も導入している。
 日本も小渕前首相のミレニアム・プロジェクトで、2003年度までに行政手続の申請や国税の申告をインターネットに乗せることとしている。電子政府への取組は各国において重要な政策になっていくと思われる。

8.3.4 コンテンツ規制
 コンテンツ規制は従来、テレビやラジオの番組の規律が中心課題であった。公序良俗、虚偽偏向報道などへの対応が国家の関心事だ。先進国での規制派はフランスで、規制当局(独立放送行政機関)による厳格な直接規制を敷いている。日本は審議機関を放送事業者が置くべしという間接規制で、内容面は実質的に無規制という特異な制度となっている。アメリカはFCCが直接に規制する権限を有しているが、フランスほどの強さはなく、いわば日仏の中間に位置する。
 ここで問題になるのがインターネットのコンテンツをどうとらえるかだが、各国ともインターネットの普及に伴い、徐々に政府関与の強化の方向に向かっているようだ。また、その度合いは放送規制の強弱を反映したものとなっているように見受ける。
 ただ、アメリカは、96年電気通信法で通信の内容規制を書き込んだり、98年10月には児童オンライン保護法を整備したりしたが、それが裁判上の争いになり、結局、制度そのものが定着していない。立法・行政・司法のプレイヤーが入り組んで制度が確定しないという状態はアメリカ制度の特徴でもある。
 なお、日本が放送内容の規制を緩いままに保てるのは、国民や民間企業の自浄作用で社会規範を保ちうることを示すものであり、この文化規制フリ